2011年05月27日

ジュエルペットてぃんくる☆と心のなかの万華鏡

話の始まりは2001年の9・11事件です。衝撃的だったあのテロの直後、学生時代の友人と話す機会がありました。彼女は仕事の都合で中東に渡り、十数年、現地で暮らしていました。現地の言葉をしゃべり、現地の人々と生活や仕事をともにしていました。その彼女が言ったのです。
「アメリカは当然の報いを受けたんだよ。アメリカが中東にどれだけ惨い事をしてきたか。どれだけ犠牲者がいたか。報復は当然だよ」
それが三千人の犠牲者が出た9・11への彼女の言葉でした。私は言葉をのみました。青春時代、東京の大学で、同じ教室の空気を吸っていた彼女が、十数年後に口にした言葉にショックを受けていました。私には中東問題を語るほどの知識も、現地を体感した肉声もないため、何の言葉も返すことができませんでした。

 私はただテレビの向こうで繰り広げられる遠い国の出来事を見守るだけでした。
 その後、アメリカはアフガニスタンのタリバンを掃討し、イラクのバクダッドに侵攻していきました。
 アメリカ軍がバクダッドに攻め入った時……私はテレビの前で、両国の人々の様子を見ていました。テロの犯人を裁くという正義を信じる者。オイルマネーを得ようとする者。自国への侵略に激怒し、蜂起する者。勝機のある方へつき自己保身する者。争いを避け、日和見する者。悲嘆や絶望にくれる者……。
 沢山の人たちを見ているうちに、私は不思議な感覚に襲われていました。そこにいる誰もが、自分のように感じられたのです。もし、わたしが当事者の国に生まれ、育ち、その国の空気を吸って生きていたら、わたしも同じように考えるだろう。中東の人たちのように。アメリカ人のように。
 この戦争は、私の心の中で起きている出来事なのかもしれない……。そんな奇妙な錯覚すら持ったのです。なぜならテレビの向こうにいる遠い国の一人一人の怒りや悲しみや憎しみや正義感や打算や営利主義や利己主義や日和見や破壊衝動は私の心の中にもあるからです。
中東の人々もアメリカ人も日本人も、人は誰もがひとつの心の中に、善や悪や喜びや悲しみや打算や利己主義や正義感を万華鏡のように持っているのでは?
私の心の万華鏡のなかで起こることが、いま、中東の国で起きている。
だから……
『すべてのことは、ひとつの心のなかで起きる』

悪とされるものに向かい合ったとき、その悪は自分のなかにもある悪なのでは……?
自分のなかにもあり、誰のなかにもある悪なのでは……?
だから……と私は思いました。倒すべき悪は、他国や他者のなかにはない。
克服すべき悪(ネガティブ)は、自分の心のなかにある。

世界中の人が自分の心の万華鏡をのぞきこんで、克服するべきなのは、自分の心のなかのネガティブなんだと思ったとしたら、テロも戦争も、なくなるかもしれないのにな……と、夢のように妄想したのです。

前置きが長くなりました(^^;)私がアニメ作品ジュエルペットてぃんくる☆の企画をいただいたとき、思ったのはその時のことでした。
自分の心のなかのネガティブを克服する女の子の物語を作ろう。
それがあかりちゃんでした。

どこにでもいる普通の女の子。優秀な姉にコンプレックスを持ち、口べたで内気。将来の夢もあいまい。母親にあまり愛されてないような気がしてる。そんなあかりちゃんが、ジュエルランドという魔法の国で自分のなかにあるネガティブを克服し、夢をかなえる強さを身につけ、まわりのひとたちに微笑みを与えて、現実世界に戻っていくストーリーです。
 
 ひとつひとつ、成長するたびに、あかりちゃんは、魔法の宝石ジュエルストーン(人のもつポジティブな可能性)を心のなかに蓄積していきます。自分に自信がなかった女の子が、“自分から輝く力”を身につけていきます。そして友達(ミリアや沙羅)との友情が深まっていくなかで、あかりちゃんは、ひとりぼっちの心がみんなの心と溶け合い、つながり、大きくひろがっていくことを知るのです。
 頭のなかにそんな世界観ができあがったとき、この物語は、あかりちゃんに起こっていることのように見えて、実は、見ている人にも起きることなんだよ、というふうに描けたらいいなと思っていました。ひとつの心に起こることは、見ているひと、誰の心にも起こるんだよ……というように。
 もちろん、説教臭く見えてはならないし、何かのプロパガンダに見えてもなりません。あくまで幼稚園の女児からおとなまで笑顔で楽しめる、明るくて優しくて夢いっぱいの魔法の物語でなければ。そのなかに、こっそり隠し味をこめてみたいと思ったのです。
 だから「女の子は誰でも素敵な魔法使い!!」という言葉を作り、最初から最後までモチーフに使うことにしました。

 そして、あかりちゃんを魔法世界に誘い、あかりちゃんを成長させるルビー(ジュエルペット)にどんな役割をもたせるかも考えました。ネガティブにとらわれる心を、打ち消してくれるものはなんだろう、と考え……それは完全に愛されて、完全に理解されることじゃないかなと想定してみました。
怒りや悲しみ、自己否定など、心のなかのネガティブを生む根元は、自分は愛されていない、理解されていないという感覚なのでは?(誰か特定の人に、またはみんなに、そして、この世界に愛されてない、理解されてないと思うところから恨みや悲しみ、怒りが生まれると想定して……)
完全に愛され、完全に理解されたら、人の心からネガティブは消えていくだろう。そして、愛され、理解された者は、他者を愛そう、理解しようとするだろう。だから、ジュエルペット(ルビー)は、あかりちゃんを完全に愛して、理解する存在にしようと思いました。

愛して愛されることがルビーの命そのもの……人を幸せにするとき、自分も幸せで満たされる……それがルビーなんですね。だから究極的に愛される……ルビーは、わたしのイメージでは愛そのもの……究極の存在なんですね。なので、究極の使命(世界中のすべてのひとを幸せにするために幸せの花を探しにいく)を背負うことにもなるのです。

 そして、アルマは、その対極として、人のネガティブにおしつぶされてしまったキャラクターとして設定してみました。そのアルマを救うことで、あかりちゃんは内側の世界を完全に克服するわけですが……
 アルマと祐馬に関しては、話し始めると何日もかかってしまいそうだし、こんなに書いてしまったら、ちっとも隠し味ではなくなってしまうし……(^^;)……自分の妄想のなかだけにとどめておくことにします。
posted by 島田満 at 13:08| アニメ情報